読んだ本「シンギュラリティ:人工知能から超知能へ」

人工知能(以下AIと呼ぶ)とかに興味があったので読んでみました。

シンギュラリティ:人工知能から超知能へ

そもそもシンギュラリティとは何なのか、
人間の脳をモデリングした知能と
一から作成したAIの違いなどが記載されています。

AIがテーマの映画を例に出していたり、
ところどころユーモアがあったので読みやすい方でした。

特に印象に残ったのは

実際に重要なことは、AIがどのように感じるのか、ではなく、
どのように振る舞うのか、である。
シンギュラリティ:人工知能から超知能へ,p162

このフレーズを聞いて私の中にある固定概念が壊れました。
(私の固定概念は脆いです。

それはある疑問について、疑問に思う必要がなくなるフレーズでした。
ある疑問とは、AIに意識があることをどう証明するのかという疑問です。

さらに、何を思って何を感じようが私に対する振る舞いさえよければ良いではないかと
いうこの言葉がAIでなくとも全てに言えることのようにさえ思えます。

話はそれてしまいますが、
そもそも他人に好意的な意識があるとどう証明するのでしょうか?

結婚相手が生涯死ぬまで優しく付き添ってくれて病院のベッドで私が死んでしまった時、
結婚相手は実は保険金目当てのために生涯付き添っていたとする。
赤の他人からしてみたらその結婚相手は悪者のように見えるのだろう。
しかし死んでしまった私は、結婚相手に好意的な振る舞いをしてもらっていて幸せだったと思う。
それはそれでよいのかもしれない。

このような例でもあるように表面的な振る舞いさえよいと割り切ってしまうのもアリなのかもしれません。
なんだか寂しい気もしますが。

(なんの本の感想なんだよ。

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